「鹿の王」〜壮大な世界で淡々と繰り広げられる、命の物語〜
大好物の小説に会い、食い入るように読み込んでしまいました。
「鹿の王」 角川書店刊/上橋菜穂子著
あらすじ
強大な帝国にのまれていく故郷を守るため、死を求め戦う戦士団<独角>。 その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。 ある夜、ひと群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。 その隙に逃げ出したヴァンは幼い少女を拾う。 一方、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、 医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。 感染から生き残った父子と、命を救うため奔走する医師。 過酷な運命に立ち向かう人々の“絆”の物語。
淡々と繰り広げられる大好物の冒険小説
暗い暗い岩塩鉱から始まる物語。 淡々と繰り広げられる様はどこか物足りないかと思う人もいるかもしれませんが、ボクのような人間にとっては大好物です。 こういう淡々とした書き方は、まるで本当にあった歴史の1ページを覗いているような、歴史の教科書を紐解いているような気分になるんです。 実はあったかもしれない、こんな世界が。 そう思うだけで気分が高揚してしまい、上下巻合わせて1000ページはある小説をみるみるうちに読み進めてしまいます。
「病気」という概念に対する認識
世間一般が認識する「ファンタジー」よりも、かなり現実感の強い物語です。 共通する一つの病に対して、病を克服した父子とその病を克服しようと奔走する医師という二つの立場が同時進行していきます。 この二つの物語を中心に、数多の病に対する憶測・齟齬が多くの悲しみ、絶望、そして狂気にはらんだ希望を生みます。 ある者は神の啓示だとし、ある者はある事象が引き起こした結果に過ぎないとし、ある者はこれを戦に道具にしようとする…。 その様は、まるで中近世の世界が「病」という概念にどう向き合い、そして医術がどう発展していったのかを追体験している気分にさせられます。
「鹿の王」が意味する真実と、主人公の決断
かなり特徴的なタイトル、「鹿の王」。 その意味するところ、真実は、物語の終盤まで謎に包まれています。 戦士団の頭であり、死地を求めていた男・ヴァン。 寡黙でありながら絶望に暮れていた彼が、病と幼子を通じて再び人と出会い、癒され、そして己の行く末を見定めていく。 「鹿の王」の真実と、悲運の男が最後に下す決断は必読です。
こっちこそ知ってほしい、受賞した文学賞
2015年の「本屋大賞」を受賞した本書ですが、実は同年に「日本医療小説大賞」を受賞したことはあまり知られていません。 「医療をテーマにした小説、あるいは医療を素材として扱っている小説(ノンフィクションは除く)」を選考基準に、公益社団法人日本医師会が主催、厚生労働省が後援、新潮社が協力というかなり固めな賞ですが、この賞の受賞こそ、この本の真の価値が秘められていると感じます。 抑揚が少ない分いくらでも読めてしまう、徹夜本必須な小説です。 まだ読んでない方はぜひ手に取ってください! ではでは、トモローでした。]]>
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